好きなバンドの音源全部聴く! をささやかな趣味として一昨年から始めている。以前このブログでも書いたが、1組目はZAZEN BOYS、2組目はゆらゆら帝国をセレクトした。理由はないが、日本の著名でオルタナティブなロック・バンドが続いている。
これだけ有名なバンドの音源など大体聴いてるだろ、とたかをくくっていると、ライヴ盤やインディーズ時代のCD、Remix盤等、そして普通に未聴のオリジナルアルバムが何枚も出てくるので驚く。自分、何も知らなかったじゃないかと。浅く広く生きて偉そうな感想を述べる私のしょうもなさに気付かされる(聴けたからといって大層な批評を残せるわけでもないけれども)。
まあそれでも、知らなかったなりに、勉強したなりに、リスペクトするアーティスト、ミュージシャンの個的な歴史ぐらい正確になぞりたい。ディスコグラフィーに見出せる新たな何か、反復されるモチーフやフレーズ、明らかにこの盤から変わったぞ? という気付き。それらを得たい。人生まだ時間があるのだから、サブスクが拾えない細部まで、好きな人たちの作ったものに迫ってみようという試み。特に、自分の領域に引き寄せてドラムスを中心に耳を傾けることが多くなるだろう。
昨年はASIAN KUNG-FU GENERATION、Laura day romanceの2バンドを集中して聴く時間が多かった。手持ちにない音源は、ほぼほぼ購入して聴いた。同時並行であぶらだこも聴きまくっているが(日本一かっこいいバンドだ)、レア度の高い「釣盤」が手に入らず、可能な限り全部聴くという目標が達成できないでいる。ちなみに、さすがに各アーティストの初期Demoテープや手売りCD-Rなどは追えていない。オークションで値上がりしっぱなしだし、中古屋でなかなか売ってないし(ブッチャーズの初期のアルバムとかなんとかならんものか)、リリースされた作品の全体を俯瞰した上でそれらと対峙すると、作り手の意思が見えづらく、本人たちにも言及される場面がほとんどなかったりするためだ(無論、手に入るときは手に入れる、違法はやらずして)。
頑ななマイルールで始めたくだらぬ趣味である。3組目のアジカンは、最初のハードルとして、とにかく音源の数が膨大だった。手に入れにくいものはほとんどなかったが。金を貯めて挑んだ。
ところで、俺が大学で軽音楽のサークルに所属していたのは2008〜2012年ごろ。極東ピーコック以外の様々なバンドの楽曲をコピーしてはコピーして、我が物顔で演奏しまくっていた多感な時期であった。色々色々迷惑かけた皆様、誠にすみませんでした。
入部したての頃、EP『崩壊アンプリファー』収録の「粉雪」を新歓ライブで演奏させてもらった記憶がある。一緒に即席バンド(サバ缶? ってバンド名だった気が)を組んでくれた先輩が、『君繋ファイブエム』も貸してくれた。借りるより先に知っていたバンドの代表曲「君という花」はMVが印象的で、当時好きだった日本映画『青い春』や『ナイン・ソウルズ』に出ていたマメ山田が奇天烈な格好をして踊っているものだった。デビュー曲のような印象なのに、このリズムの四つ打ちをやるのか、凄いな、と大雑把な印象を抱いていた。アルバム最後の「ノーネーム」にまんまとやられたが、これをコピーして演奏してみたい、という野望はその当時誰にも伝えられなかった。「ノーネーム」はいま現在も大好きな曲である。例えば「新世紀のラブソング」のアプローチに似ていると思うが、有機的な打ち込みっぽさのあるドラムのフレーズのリフレインに、フロントがじわじわと熱を上げていく。好みとして、たまらない構成。
『ソルファ』、『ファンクラブ』までは、当時それなりに聴いた記憶がある。特に『ソルファ』。ポップで、神曲揃いのパワフルなアルバム(と思われているんじゃないだろうか)。「サイレン」のシングルを買って衝撃を受けて、スコアを調べたら内容がとんでもなくてさらに衝撃を受けた記憶。個人練習で何度も叩いた。このリズムの中で、あれだけ手数が詰め込まれて、歌やギターのメロディーはゆらゆらと遊離しているようで、感情的な歌詞が世界観の無常さに追い討ちをかけ、刹那的な盛り上がりを演出し、引き締める。コピーバンドであっても、4人で熱く演奏すれば、体験したことのない一体感を得られるんじゃないかと想像しては、一人寂しく特訓していた。「サイレン#」のコンセプトも、周りには照れ臭がる奴がいたが、俺は大好きだった。ちなみに俺が聴けた範囲で6分を超える楽曲は「サイレン#」と「月光」ぐらいだと思う。この楽曲にサイズ感の統一も、ぜひ全てのアルバムを流し、感覚的に楽しんでほしい。それだけでも十分な悦びがある。「サイレン」は、2016 VERSIONの、オリジナルの表と裏の価値観を組み合わせたようなアレンジの深みも素晴らしい。
ディスコグラフィーの前期は、1サビがくるまでのタメが長く、中期以降は前半がさっぱり流れてあっという間に1サビが来る曲(30秒台とかで)が多い傾向にあると思っている。
当時の俺は「サイレン」ばかり聴いていて、ようやくアジカンが当時激売れしていることに気付き(世の中に疎すぎたがCM起用の「ループ&ループ」で気付いたのだ)、その流行にどこか気後れして、若気の至りで、なんとなく関心が離れてしまったのが正直この時期だったとも記憶している。『ファンクラブ』のテンションがやけに重くて、それはむしろ好みで喜んで受け取ったはずなのに、何気なく、軽い気持ちで離れてしまったのだ。ずっと進行形で楽しめばよかった。それ以降は、新曲のMVをたまに見たり、映画やアニメの主題歌を聴いたり、先輩が推してくれたアルバムを聴いたり、フェスで楽しむような感覚でアジカンの存在を捉えていた気がする。無論、好意的に。
だから、何年越しの再会というか、自分勝手な懐かしさを感じるバンドだった。2025年に聴き通すまでは。ゆらゆら帝国を延々修業のように聴いた後、何故かアジカンが無性に聴きたくなった。どこから手を出すか迷ったが、途切れたディスコグラフィーの続きからまずは『ファンクラブ』を。そしてEP『未だ見ぬ明日に』、『ワールド ワールド ワールド』を購入した。まず1周して驚く。3枚とも、瑞々しさはあるのに決して古びず、自分が勝手に飛び越えてしまった十何年を簡単に越えて、身近な音のように聴こえたからだ。
とりわけ『ワールド ワールド ワールド』。アジカンの良さであり簡単に真似できないあの透明さが際立ち、圧巻である。耳心地が途轍もなく良い。聴いているうち、あっという間に今の時代を憂う面倒くさいおじさんになりかけた。皆聴いてくれ、いやめっちゃ聴かれてるわ。「ネオテニー」、「トラべログ」、「彗星」。好きだ。この名盤は、省略せずに、一枚で聴くことに重きを置きたいと思わせてくれる。日本のロックの名盤と言えば? とこの先問われれば、これを必ず上げると思う。『Wonder Future』とも大いに迷うが。『ワールド ワールド ワールド』は先行シングル曲も素晴らしいものばかり。「アフターダーク」の4拍で一音ずつ歌詞を乗せるようなサビの独特な力強さ、「或る街の群青」のスコアの異常な作り込みと、それをみせないに演奏する滑らかなまとまり。聴き惚れるアルバムだ。この若さでこれを作ったのかと、いまの自分自身が焦らされる。
『ファンクラブ』、『未だ見ぬ明日に』は一曲一曲が強くて、アルバムでの色というよりも強烈な楽曲の連打、ぐわあ降参、みたいな強烈な勢いを、個人的には感じる音源だ。圧倒的な出来栄えの楽曲が揃い踏み、という観点で言えばもしかすると、『ファンクラブ』と『プラネットフォークス』に共通項を感じられるかもしれない。『ワールド ワールド ワールド』ツアーのライブDVD(映像作品集第6巻)、後半から『サーフ ブンガク カマクラ』の全曲演奏をやるという尖った構成なのだが、オープニングがテノリオンを使って「ノーネーム」と「ムスタング」を繋いだり、中盤で不意に「タイトロープ」を演奏したり、この辺りのアルバムを好んでいると嬉しくなる展開が色々と盛り込まれている。このころのライブに足を運んでみたかった。「ムスタング」は、バンドにとってどのような位置付けを為されている曲なのかとても計り知れないが、初めて聴いたときは大いに動揺した。漫画『ソラニン』の内容は覚えていなかったので、この楽曲の強さは独立したものであり、かつアジカンのベーシックなスタイルに近いのか遠いのかも分からない、得体の知れない魅力を放っていると常々感じている。一回性の強さ、再現困難な何か、いやなんと表現すればしっくりくるのか。ともかくも歌がたまらないが、さらにとんでもないのが前奏、Aメロのドラム、ハイハットの刻み方。回数で言うと1、5、1、5、1、1……? どのような発想で作ったのか見当もつかない。ライブではシンプルにアレンジしていることが多い印象があるが、フレーズの持ち味、インパクトは全く薄れていない。複雑なのに、滑らかに流れる。
時代は少し飛んで、2020年以降のアルバム『プラネットフォークス』も洗練されたポップな曲が揃っている。コラボ曲の多さに目を取られがちだが、後半の楽曲群がとりわけ強く印象に残るだろう。「雨音」から「Be Alright」まで。「Gimme Hope」など、別の作業をしながら聴けるような楽曲じゃなかった。後半に向けて内省的になっていくように聴こえるアルバムかもしれないが、このバンドの現在地が色濃く反映されている洗練こそ後半の展開なのだろうなと解釈している。「雨音」が好きで、よく「深呼吸」と繋げて聴いている。OMSBとコラボ?! とビビった「星の夜、ひかりの街」は必聴である。「UCLA」や「You To You」、「おかえりジョニー」など、アジカンはコラボ曲の編曲、構成がめちゃくちゃ上手い。憎らしいほどゲストの出番を贅沢に設計する(引き算的に)。「廃墟の記憶」なんて一度聴けば本当に驚かされる。最後コーラスするパート無いのか! ああ、しかし自然だ! 良い……となる。
『ランドマーク』も大好きな一枚。メンバーが各作曲に大きく関わったアルバムと紹介されているだけあって、観念的な言葉の戯れやメッセージよりも、楽曲の楽しさが直に伝わってくる曲が多く揃っているように感じられる(映像集第8巻、ツアーDVDの内容も最高、「新世紀のラブソング」の名演も見られるし、アルバムのtr1〜5のライブでの盛り上がりに注目すべし)。「バイシクルレース」や「マシンガンと形容詞」、「レールロード」など、いまライブで聴きたい曲ばかり収録されている。楽しいアルバムだなとアタマから油断して聴き流していると「アネモネの咲く春に」でビンタをくらったような心地になる。あの日をどう捉えるか、個人の傷の回路にどう寄り添うか、直接的でない優しさはどんな形をしているか、当事者にはなれない者にできることは何か。あらゆるアプローチが試された上での手紙の形式なのだろうか。勝手に思考を遊ばせて、想像している。バンドのインタビュー記事などはほとんど読んだことがない。個人的には、地元の、亡くした知人を思い出すときにしばしば聴く一曲でもある。
個人的に、流し聴きができないというか、決して簡単な作品ではないぜと捉えている、ある意味課題のようなアルバムが『マジックディスク』と『ホームタウン』だ。俺はまだ、この二枚を噛み砕き終わっていない。難解なアプローチがあるわけではないと思うし、他のアルバムのようにいずれも一枚を通して聴きやすく耳に優しいが、分かられてたまるか感もビシビシ受け取るというか(これも勝手な感想!)。この両作は、今年もめっちゃ聴き通すつもりでいる。
『ワールド ワールド ワールド』に並び自分が最も好きなアルバムは『Wonder Future』と『サーフ ブンガク カマクラ(完全版)』だ。『Wonder Future』は言うなれば、バンドで一番かっこいい武骨さもあって、あの限りなくアナログな耳触りがたまらなく好きだ。機材を操作する音、息遣い、録音した日の環境、バンドに流れた時間のイメージの結晶、そういったものが感覚的に焼き付いている気がして、そんな中展開される曲がどれも渋く、肩の力もすらっと抜けているような見事なバランス。バンドの運動性や流動性、そのものが伝わってくる感じがあって、毎度聴く度に陳腐な表現だが、痺れる。「Easter」、「Winner and Loser」(拍子に注目!)、「Eternal Sunshine」、「Opera Glasses」。今書きながら思い出した楽曲のどれも最高。「Eternal Sunshine」なんて、真面目に聴いてしまうと自分のバンドやめたくなってしまう危険さも孕んでいる(冗談抜きに)。もうこれでいいじゃん、なんだよ、とつい愚痴りたくなる(?)。『サーフ ブンガク カマクラ』のブリーチ感、リラックス感とはまた違うものじゃないかと思っている。どちらのアルバムも一度湘南を走りながら車で聴いたことがあるが、至福の時間だった。海の風とひらけた視界、強い日差しに、音源の柔らかい音の厚みが重なる。俺も地元で曲を作ったら、こんな表現がひらけるのだろうか。「腰越クライベイビー」と「和田塚ワンダーズ」の歌詞に泣いた野郎共、世界にどれぐらいいるだろうか?
最後に、個人的にドラムがヤバすぎる……と聴いてるときに思わず声が出た曲は「ブルートレイン」、「ムスタング」、「新世紀のラブソング」、「マーチングバンド」、「レールロード」、「サイレン(2016 VERSION)」(1拍目裏? にハイハット開けるのは手癖?)。何曲練習しても、伊地知氏のドラムの癖は身体化しづらい。やはりハイハットの割り方、カップのさし方、組み方に非常に独創的なものがある。シングルでしかリリースされていない楽曲にとんでもないフレーズの組み込まれた名曲が収録されていること多し。
いつか、おじさんのおじさんになったら友だちと本格的なコピーバンド(研究会と称す)を組んで演奏してみたいと思わせてくれる曲は「君の街まで」、「真夜中と真昼の夢」、「ブラックアウト」(激烈難易度であろう)、「タイトロープ」、「Winner and Loser」。今後も逐一、バンドの活動を追わせてもらう所存につき。メンバー変わらずに活動を続けているバンドって本当に最高。勉強になる。いつかは藤枝のスタジオを訪れてみたい。